ルートセットを深堀りする(1/3)

掘り下げること

ルートセットの技術には実に多くの要因が絡み合っています。自身のクライミング技術と経験を基礎として、ホールドの使い方やムーブの作り方からはじまり、ジムやコンペなど状況の把握やオーガナイズ、チームでの創作やタイムマネジメントまで、セットスキルと一言で表しても、ディテールは多岐に渡ります。
それぞれのディテールを書類としてまとめている過程で、一つの大きなテーマが見えてきました。それが今回の「掘り下げること」です。これは2017年に書いたものです。

日本人の特徴はまさに「掘り下げる」能力であると思えます。他人にとってはどうでもよく思える様な細かいことを突き詰めて考え、研究を繰り返しながら消化していく職人気質は、この国の文化なのかもしれません。ディテールにこだわり、道具を巧く使い、体の動きをコントロールしながらひとつの課題を想像する。ルートセットは限りなく職人に近い仕事です。そして、どこまで掘り下げて練習・研究してきたかによってルートセッターの想像する”課題”は大きく変わってきます。

今回は、一人のルートセッターが自身のオリジナリティを作り上げていく為の「掘り下げる」能力について話します。なぜならば、その過程において身についた技術こそが、ルートセットの「職人技」であり、「正しい道」であり、これからの未来に世界に通用する、いや、世界中から求められる技術になるからです。


お客様の未来

どういうルートセットの練習をしているか聞くと返ってくるのが、「ワールドカップやコンペの課題を見て、それをコピーしています」か、「岩場の課題をイメージして作っています」の2点が多く、そのままいくと、コンペ課題か、岩場の課題しか作れなくなるのではなかろうかと思うレベルです。裏を返すと、「ワールドカップのような課題」や「岩場のような課題」に価値があると思っている人が多い、ということではないでしょうか。

流行りのムーブを実現できることや、その流れを把握しておくことはコンペセッターにとっては必要なスキルです。が、普通のジムでセットする場合、一番大事なのは「ジムに通うお客様の為に必要な課題を作れるか」に尽きる。
お客様に必要な課題がどのようなものか、という方向性を示すのは大抵の場合ジムオーナーかもしれませんが、各々のセッターがそれぞれの「お客様に必要な課題」という具体的な考えを持っているべきだし、その考えを課題としてアウトプットしていかないことには、プロフェッショナルとは言えないし、フィードバックもありません。

ルートセッターがそれぞれしっかりとした具体的な考えがあり、それをアウトプットし続けている限り、日本全体のクライミングの文化レベルは間違いなく向上していきます。
お客様はルートセッターの課題を登るのです。世界的に見てもルートセッターはお客様から尊敬される立場になってきているわけで、ルートセッターの意見が周りに与える影響も大きくなっています。
もし「この課題はすごくいい課題だからやってみて」とセッターに言われたら大抵のお客様はトライするでしょう。もしかしたらその課題ばかり100回くらい登るかもしれない。極端な例えですが、その課題がワールドカップの模倣課題で強烈な肘の角度で保持するような課題だったり、岩場の模倣課題で厳しいカチが連発していたら、そのお客様にどんな影響を与えるだろうかは一目瞭然です。

一般のクライマーが面白い課題、そうでない課題と評価することは全く問題ありませんし、そうあるべきです。しかし、ルートセッターはお客様にどのような影響及ぼすかまで考えて、課題を評価していくべきだし、それを人に伝える場合は細心の注意を払うべきです。

もう一つ例えて言うと、あなたがクライミングを始めたとき、インストラクターは何と言って説明したか覚えていますか。「腕をできるだけ伸ばした方がいいですよ」と言われなかったでしょうか。
あなたの今レッドポイントに向けてトライしている課題は、腕を伸ばして登れる課題ですか?違いますよね。腕を伸ばしたまま登るのは、足を伸ばしたまま歩くことと同じようなものです。こうやって書くと馬鹿らしい話かもしれませんが、ある程度登れるようになってもまだ腕を伸ばし続けているクライマーは沢山います。伸ばそうとして変な登り方になって、次第にそれが自分のスキルになってしまっていて、彼らは総じて、未だに腕をできるだけ伸ばして登った方がよいと信じて頑張っているのです。これほど残念なことがあるでしょうか。

いや、あきらめてはいけない。それでもまだ道はあります。間違った登り方をしているクライマーと実際に話をしなくても、解決できる方法がある。それがルートセッティングです。
しっかりと腕の曲げ伸ばしが必要な課題であれば、当然クライマーがそれに呼応して動きを身につけていけます。必要なアドバイスもできる。腕だけじゃありません。必要な箇所が必要なだけ動き、より正しいクライミングの動きを要求する課題だけが用意されている環境であれば、必然的にクライマーの動きは矯正され、総合的な技術と体力が向上されていくはずです。もちろん同時に優れたインストラクションが必要ですが、そもそも、それなりの質の課題がなければ良いインストラクション、良いアドバイスは不可能なのです。

では、課題の質とは?必要な動きとは?正しいクライミングの動きとは?
もっともっと掘り下げてみてください。

我々のルートセッティングには、お客様の未来が詰まっています。日本のクライミングの未来があなたの肩にのっています。コンペや岩場の課題を模倣している時間はありません。今すぐに、自分の身近な人やお客様にとって最良の課題とは何かを考え、仲間と議論し、試し、研究し、実際に壁とホールドとムーブを通して表現できるようになってほしいと願います。

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