ルートセットを深堀りする(3/3)

「技術を身につけやすい」を掘り下げてみる

講習会などで参加者に聞いてみると、「良い課題とは、上達できる課題」だ、という意見がそれなりに多くあります。素晴らしいことです。ただし、よくよく話してみると、その具体的な内容は大きく異なります。また、具体的にどうすればそういう課題が作れるのか理解し、説明できる人は多くありません。なぜならば、「良い練習」という定義と議論が不足しているのではないかと思われます。

クライミングはムーブ優先の運動です。そのメカニズムは、反復練習による運動パターンの学習ですので、いろいろな動きを何度も繰り返し体と神経に覚えさせて、微細な筋肉の連動スピードをあげていくことが上達の基本になります。言うまでもなく、学習する動作の良し悪しで、その後のパフォーマンスを左右します。この動作が「上達を促すための適切な動作」であることで、効率的な上達が見込め、反対に人体構造に有害な動きが含まれている場合、上達の道を逸らし、怪我や故障を誘発します。

そこで大きな問題になるのが、「上達を促すための適切な動作」とはどういうものなのか、ということです。もちろん私自身もその深みの中で模索している最中でもありますが、参考までに私の考えを書いてみようと思います。

まず、上達とは何でしょう。これこそが「良い課題」を考える上での本題であり、ルートセッティングの本質でもあります。しかし、それ故に、明確に答えを出すのは非常に難しいです。答えをあげてみると、どれもが当てはまってしまうからです。

逆に、「何が上達を妨げるのか」という視点から考えてみたらどうでしょう。上達を促す動作の答えを得るのは難しくとも、せめて上達を妨げることを防げるようにしなければなりません。リスクは徹底して排除するべきです。


上達を妨げる条件

1. 瞬間的な怪我や事故を誘発する動き

1つめは短期的な故障や事故・怪我を誘発してしまう原因です。肩を外に開かないといけないような厳しい角度のガストン、キリモミしながら落ちる恐れのあるランジ、深くドロップニーすることで安定してしまうムーブや、膝が鋭角に曲がりながら負荷が集中するヒールフックなどなど。

こうした過度に危険な動きというのは少なくなってきたというものの、今でもたまに見られます。セッターが意図していなくても、時として選手生命を奪う大事故につながるものですから、常に注意深く取り組まなければなりません。

2. 恐怖心をあおる要素

2つ目は過度に恐さをあおってしまう要素、主にボルダリングにおける高度です。お客様のレベル・経験値に合った高度、ムーブの怖さを設定しますが、ここで大切なのは、もっとも怖さを感じやすいお客様のレベルに合わせる、ということです。気にならない人にとっては何とも思わないレベルですので、意識していないと気付けません。

ルートセッターは、その環境で最も弱い人の意識を共有する努力をしなければなりません。精神的に受けた傷は、誰にも見えないところで大きくなります。怖さの克服、高さの慣れ、そういったものは、想像以上に時間がかかるものだと認識する必要があります。

3. 故障を引き起こすような学習をさせてしまう動き

3つめは長期的に故障を誘発する原因です。ここがルートセッティングで最も難しく、そして最も楽しいところでもあります。そして何よりこれがShojinholdを使って習得する知識が必要な要素です。悪い癖になるような動作はどういうものか?という答えを探すには、まずは人体の動作のしくみから考えなければなりませんが、幸い他のスポーツで参考になるような動きがたくさんあります。

それは、球技であればボールを受ける時の姿勢だったり、格闘技では一つ一つの構えやフットワークであったり、書道で筆を入れる瞬間であったり、綱引きの姿勢です。クライミングよりスポーツ・運動としての研究の歴史が長く、実に様々な知恵と努力から理論化され引き継がれてきた理想的な動作、佇まいがそこらじゅうに溢れています。

必要な部分に必要な力と緊張、適度なゆるみがあり、それでいて最も安定しながらも素早く動ける姿勢です。顎が前に出て、背中が丸まって、力を入れると肩が上がってしまうような動きは、安定度に欠け、速度も緩慢で丹田からのパワーが効率よく腕まで伝わりません。


悪い姿勢のことをBUKATSUDOでは「崩されている」と言います。室岡照吾氏が自身のブログにて様々な崩れた姿勢を例に解説されていますので、是非ご覧ください。

「いい間合い」とはさまざまな時に感じることができます。例えば少し重い窓を開ける時、それはガストンであり「いい間合い」が必要となります。
窓に近くなれば肩はうわずりやすくなり体幹は前傾し、頸椎湾曲が過剰になります。いい間合いを維持できれば肩を押さえてローテーターカフを強化させ背筋を伸ばすことができます。

室岡照吾 Rockbeansブログ「崩れているのはどれか!」より

継続は力なり

上達を妨げる要因について考えてみましたが、他にも思いつくことはあると思います。新たな疑問は生まれてきましたか?

こうして深堀りすることで出てくる結論や疑問。ルートセッターは、それを実際に行動に移しながら試行錯誤することの反復練習によって、お客様の上達を促し、技術が身につきやすい課題を提供できるようになっていくのだと思います。道のりは長いのです。だからこそ、今すぐにでも過去を振り返り、探究を始めなければなりません。

前回のグレーディングでも述べましたが、これらそれぞれの点について試行錯誤していく、それを仲間と共有し、自分の至らない部分を受け入れることで、基礎レベルを押し上げていく。良い課題を作るためには、あなたがどれだけ多くの思考をしたか、どういうプロセスで理解してきたか、それが重要なのです。

人間は慣れていきます。環境に慣れるうちに様々な点が、ないがしろになっていきます。それは、良いルートセッターでなくなってきている兆候です。基礎を疎かにしている兆候です。常にもう1段階深いレベルまで掘り下げて考え、オリジナリティの溢れる考え方や技術を学び、発見し続けなければなりません。

一人でも多くの方が、そういった意味でのプロフェッショナルルートセッターとして、認められ、尊敬される存在になっていってほしいと心から願っています。

もし私がジムの客であったならば、そんなルートセッターの課題を登れることはとても幸せです。


これでThink Deeplyは終了です。また思いついたら何か書いていきます。(山本)

コメントを残す